UnityのGCはどんな実装になっているのか
- 2017.04.20
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こんにちは。Aiming エンジニアの久保田です。
僕の携わっているプロジェクトでは、近頃、Unity製クライアントのパフォーマンスの調査や改善を行っている最中です。
プロファイラを眺めていると、僕達が書くアプリケーションレイヤのコードが目立って遅い、ということは珍しいのですが、代わりにC#世界のスパイクとしてよく顔を出すのが、GC実行時間です。
C#は、タイプセーフでありながら人間にやさしく、getter/setter、async/await、Rx、ロケットなラムダ式、他他他…最新型の言語への影響も多大な、ファッション的にも◎な言語です。しかし、闇雲に全ての機能をタダで……というわけにはいかず、ことパフォーマンス面においては、GCというなかなか高い代償を支払うことになりかねないわけですね。
結論としては、UnityのGCは、皆が期待していたほど高性能ではなく、現状では僕達が書くC#が発生させるGCのインパクトは無視できない大きさになります。
そこで、GCのインパクトの少ないコードベースにしていく必要があるわけですが、コードを書く際、内部の実装をある程度理解していると適切な判断がしやすくなります。
今日は、そんなUnityのGCがどんな実装になっているのか、主に3つの方法で調べた結果を解説してみます。
- 走らせてみる
- ILコードや、IL2CPP AOTコンパイル後のC++コードを読んでみる
- IL2CPP のvmをステップ実行してみる
注:ただし、Unityのロードマップには既にGCの差し替えが予定されています。近い将来、ここで紹介しているGCの性能はさらに改善されることと思われます。
Stop the World
さて、リアルタイム性の要求されるアプリケーションでは、GCが性能上の問題になるとかならないとか、よく噂されています。
なぜGCが目の敵にされるのか。これは、GCのスループットが良いとか悪いとかの問題ではなく、たとえどんなに真面目にひたむきにGCが仕事をしていたとしても、彼の仕事が他人のメモリを管理することである以上、管理下のスレッドを全て停止させるタイミングが必ずやってくる、という事情があるためです。
つまり、GCによるメモリ管理を利用しているアプリケーションは、あるとき全ての動作が停止する、これは俗に「Stop the World 」というかっこいい名前で呼ばれ、恐れられています。
Stop the World が発生している間、Unityのゲームはメインスレッドやその他(マネージドな)バックグラウンドのスレッドも実行できず、時が止まってしまいます。これが長引いたり、初動が遅れた処理が間に合わなければ、ユーザが目にするのはカクカクの描画や操作のひっかかり、というわけです。
一方、GCは歴史が古く、競争も激しい分野なため、このStop the World のインパクトを抑える工夫がたくさん編み出されています。
言語組み込みのGCでは、オブジェクトを寿命ごとに分けて管理する世代別GCや、Stop the Worldを段階的に実行するIncremental GC などが搭載されていることが多いようです。Javaに至っては、かなりバージョンアップを繰り返しており、全体のスループットを落とす代わりにGCを並列に動作させるフェイズを増やすコンカレントGCなども搭載されていました。
さて、僕達のUnityのC#ランタイムはどんなGC実装が使われているでしょうか? 気になります。
フルGCが毎回走る
Unity Blog の2015年の記事、Garbage collector integration によれば、Unityでは、Mono/IL2CPP どちらのランタイムも Boehm-Demers-Weiser というGC が使われている、とあります。
Boehm GC は、オープンソースのGC実装で、特定の言語への組み込みを想定したものではない代わりに、移植性が非常に高いつくりだと紹介されています。
ただし、機能面、性能面では言語組み込みGCには及ばないという評判もみかけ、実際、 オープンソースの.NET実装であるMono のGCは、Boehm GCから独自実装のSGenへと乗り換えを行いました。
僕の現行のプロジェクトで使用しているUnity(5.5.3)では、どうなっているのか、ちょっと確認してみましょう。
適当なUnityプロジェクトを作成し、C# の GC.Collect();
をスクリプトの任意の場所に仕込み、それをiOSビルドします。
Xcodeプロジェクトが生成されるので、プロジェクトを開き、Xcodeのシンボル検索で 「GC_Collect_m」を探してみると、
// System.Void System.GC::Collect() extern "C" void GC_Collect_m2249328497 (Il2CppObject * __this /* static, unused */, const MethodInfo* method) { { int32_t L_0 = GC_get_MaxGeneration_m1986243316(NULL /*static, unused*/, /*hidden argument*/NULL); GC_InternalCollect_m479047119(NULL /*static, unused*/, L_0, /*hidden argument*/NULL); return; } }
ありました。
今見ているものは、C#標準ライブラリの GC.Collect が実機で実行されるときの姿です。元は System.dll に含まれるC#のバイトコードだったものが、C++コードへ姿を変えています。
iOSビルドはじめとしたUnityのIL2CPP ランタイムでは、C#コンパイラが吐いたバイトコードをそのままVMで実行するわけではなく、このようにあらかじめILコードを力技でC++コードに変換しています。つまり、実機上で走っているのはネイティブC++コードなんですね。
この機能のおかげで、ブラックボックスなはずのVMの動きをそこそこ深くまで読むことができ、Xcodeのデバッガもフルに使えるため、中身の動きを知るためにとても役に立ちます。
まずは ここの GC_Collect_m2249なんちゃらかんちゃらにブレイクポイントを張り、ステップ実行してみましょう。
何度かステップインしていくと、以下の場所へ来ます。
SampleIL2CPP`il2cpp::icalls::mscorlib::System::GC::InternalCollect: 0x101370cb0 <+0>: pushq %rbp 0x101370cb1 <+1>: movq %rsp, %rbp -> 0x101370cb4 <+4>: popq %rbp 0x101370cb5 <+5>: jmp 0x101369d90 ; il2cpp::gc::GarbageCollector::Collect at BoehmGC.cpp:60
止まっているコードがアセンブリなのは、いよいよIL2CPPのVM部分のコードに到達したためです。これより下のソースはXcodeプロジェクトに含まれていません。
しかし、よく見てみると、親切にもソースコードのファイル名やシンボルが載っていました。
。
il2cpp::gc::GarbageCollector::Collect at BoehmGC.cpp:60
実は、この辺の libil2cpp のvm部分のソースファイルは、Unityに含まれています。
/Applications/Unity/Unity.app/Contents/il2cpp/libil2cpp/gc/BoehmGC.cpp
(Macの場合) を開いてみると……
void il2cpp::gc::GarbageCollector::Collect(int maxGeneration) { GC_gcollect(); }
僕の書いた GC.Collect は、 @GC_gcollect@ という関数を引数なしで実行するという実装になっていました。
(上記では、GC.Collect から辿っていますが、メモリの圧迫がトリガーになった場合も同じ関数が実行されていた)
引数に渡ってきた世代番号を無視しているのがちょっと気になりますが、今は目を瞑りましょう。
この Gc_gcollect()関数が置かれているのは以下のファイルです。
/Applications/Unity/Unity.app/Contents/il2cpp/external/boehmgc/alloc.c
boehmgc というディレクトリ名ですね。中身をみると、現行のUnityはやはり Boehm GCを使っていることがわかります。
この、Boehm GC 内のGC_gcollect の先をステップインして掘り進んでいくと、以下の関数に辿り着きます。
/* * Assumes lock is held. We stop the world and mark from all roots. * If stop_func() ever returns TRUE, we may fail and return FALSE. * Increment GC_gc_no if we succeed. */ STATIC GC_bool GC_stopped_mark(GC_stop_func stop_func) { // 省略 STOP_WORLD(); // 省略 START_WORLD(); // 省略 }
これは、GCが管理しているメモリに対してルートから辿れる参照にマークをつけるフェイズですが、STOP_WORLD というかっこいいマクロによって、スレッドを止める処理が差し込まれていることが確認できます。
さらに、この辺りの処理は、 `GC_Increment` が真のとき、ちょっとずつ実行するという挙動になるようなのですが、Xcodeでこの変数の値を追ってみると、
0が入っています。ということは、Incremental GCは有効になっていません。この値、確認した限りでは、プリプロセッサか、GC_enable_incremental() を呼ぶことでしか変更されていないので、少なくとも今見ている環境では 毎回、フルGCが走っているとみてよさそうです。
- Unity上でのGC処理は、Boehm GCが使われている
- 世代別やIncremental の機能は特に使われておらず、毎回フルGCが走っている可能性が高い
- GCの実行中は Stop the World する
注: 上記の結果は、Unity 5.5.3 でのもの。
アプリケーションのC#が引き起こすGCインパクトは思いのほかでかい
どうやら、Unity の GCによるメモリ回収は、一括して行われるようです。この辺りが、GCが一度実行されると一気にスパイクとして現れる原因と推測できます。
さて、GCがボトルネックになっている場合、GCの首をすげかえる、GCをやめる、といった選択肢をとりあえず除外するならば、アプリケーションレイヤでの対策にどれくらいの意味があるのでしょうか。
Unity上で 何もないシーンを作成し、純粋にアプリケーションのC#で classのnew を繰り返した結果を見てみました。
高々1000回程度のclassのnewで、頻繁に8ms弱のGCが発生しています。
この結果の注目すべきところは、下のグラフ、アプリケーションがヒープを要求しなかった場合にはGCスパイクがまったく発生しなかったという点で、これはアプリ層のC#次第で GC発生頻度が大きく変わることを示唆しています。
また、Unity内のUnityEngine.Object をはじめとしたオブジェクト達は、DestroyしてもすぐにはGC対象にはならず、プーリングされるような振舞いをしているため、実際のゲームでもアプリ層のC#の影響はなかなか大きくなり得ます。
struct vs class
次に気になるのは、GCのマーク&スイープが走っているときを除いた、オブジェクトが管理されること自体のオーバヘッドです。
コンパイル後に生成されるコードを見比べることで、 値型と参照型、sturct と class の違いを比較してみたいと思います。
こんな感じのC#コードをつくり、
//(中略) var c = new FatClass(); var s = new FatStruct(); //(中略)
以下のコマンドで IL2CPPのAOTコンパイラを走らせます。
$ mcs -target:library ./Hoge.cs $ mono /Applications/Unity/Unity.app/Contents/il2cpp/build/il2cpp.exe \ --convert-to-cpp \ --enable-symbol-loading \ --development-mode \ --assembly='Hoge.dll' \ --generatedcppdir='/Users/rkubota/tmp/Hoge'
すると、 上記のC#コードは、下のようなコードに展開されました。
//(中略) FatStruct_t680642026 V_0; memset(&V_0, 0, sizeof(V_0)); (中略) FatClass_t2447623899 * V_1 = NULL; { Initobj (FatStruct_t680642026_il2cpp_TypeInfo_var, (&V_0)); FatClass_t2447623899 * L_0 = (FatClass_t2447623899 *)il2cpp_codegen_object_new(FatClass_t2447623899_il2cpp_TypeInfo_var); FatClass__ctor_m162577467(L_0, /*hidden argument*/NULL); V_1 = L_0; return; } (中略)
これが さきほどの new です。
こうしてみると、structのnewとclassのnewは、C#世界でのシンタックスは同じでも、vm内での仕事は大きく違っていることがわかります。
structのnewは、単純なC++世界の値へ展開されており、スタックへ変数を確保するだけ。
対して class は、管理のためのコードが余分に生成されています。
なかでも、il2cpp_codegen_object_new という関数は、GCへメモリを要求し、初期化する処理になっています。この関数を辿っていくと、Boehm GCによって `pthread_mutex_lock` が行われている箇所があります。
classをnewするたびにロックが発生しているとは、これを見るまで意識していませんでした。structと比較するとnewには少なからずオーバーヘッドがあるということは言えそうです。
値渡し vs 参照渡し
続いて、参照をつけかえることによるオーバーヘッドが存在するか調べてみます。
// ごく単純な値渡しのメソッド static long PassValue(FatStruct v) { return v.M00 + v.M10 + 1; } // ごく単純な参照渡しのメソッド static long PassRef(FatClass v) { return v.M00 + v.M10 + 1; }
これが展開されたものが以下です。
// System.Int64 Hoge::PassValue(FatStruct) extern "C" int64_t Hoge_PassValue_m3398056464 (Il2CppObject * __this /* static, unused */, FatStruct_t680642026 ___v0, const MethodInfo* method) { { int64_t L_0 = (&___v0)->get_M00_0(); int64_t L_1 = (&___v0)->get_M10_10(); return ((int64_t)((int64_t)((int64_t)((int64_t)L_0+(int64_t)L_1))+(int64_t)(((int64_t)((int64_t)1))))); } } // System.Int64 Hoge::PassRef(FatClass) extern "C" int64_t Hoge_PassRef_m1560133231 (Il2CppObject * __this /* static, unused */, FatClass_t2447623899 * ___v0, const MethodInfo* method) { { FatClass_t2447623899 * L_0 = ___v0; int64_t L_1 = L_0->get_M00_0(); FatClass_t2447623899 * L_2 = ___v0; int64_t L_3 = L_2->get_M10_10(); return ((int64_t)((int64_t)((int64_t)((int64_t)L_1+(int64_t)L_3))+(int64_t)(((int64_t)((int64_t)1))))); } }
値渡しと参照渡しは、さほど違いが見られませんでした。参照渡しだから何かGC管理のための特別なコードが生成される、ということはないみたいですね。
これはおそらく、Boehm GCが保守的GCという仕組みを採用しているためで、GC内部で使用中のメモリのうち、参照っぽいものをなるべく保守的に自動判定するアルゴリズムが働いてくれるため、アプリケーションがわざわざ参照が増えたり減ったりをGCに知らせる必要がないようです。
これは、関数への参照渡しだけでなく、プロパティへの代入時も同じでした。
Swiftのような参照カウント方式でメモリを管理する環境では、参照が増えたり減ったりする時点でオーバーヘッドが発生しますが、保守的GCの場合、オーバーヘッドは後から一括で支払う、というわけですね。
わかったこと
ここまででわかったことは以下です
- UnityのGC は Boehm GC
- Incremental や Generational の機能はなく、毎回フルGCが走っていると思われる
- classのnew はstructに比べて遅い( ミューテックスのロックを通る)
- 参照渡しや、参照型のプロパティ代入は特別なオーバーヘッドはない。(Write barieerもない)
一括してやってくるフルGCによるスパイクへの対策としては、まず毎フレーム生まれるようなゴミを生成しないようにすることが重要です。
この辺の具体的な対策の話は数えるとたくさんありそうですが、長くなってきたので、またの機会に譲りたいと思います。
それではまた!!!!!
参考:
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